販売ショップ-オンラインショッピングモール:ネットで買いたいです, すぐ来ます-販売ショップ

販売ショップ-オンラインショッピングモール:ネットで買いたいです, すぐ来ます-販売ショップ

首页 > 電動シュレッダー / アトキンソン氏「中小企業の再編が必要だ」日本人の給料あがらぬ根本原因

アトキンソン氏「中小企業の再編が必要だ」日本人の給料あがらぬ根本原因

2022-03-25 電動シュレッダー 55241 ℃ 0

アトキンソン氏「中小企業の再編が必要だ」日本人の給料あがらぬ根本原因

    アトキンソン氏「中小企業の再編が必要だ」日本人の給料あがらぬ根本原因なぜ日本人の給与は上がらないのか。経営コンサルタントの倉本圭造さんは「安倍・菅政権時代の経済対策会議に参加していたデービッド・アトキンソン氏の主張が参考になる。彼によれば、日本の中小企業は『あまりにも

アトキンソン氏「中小企業の再編が必要だ」日本人の給料あがらぬ根本原因

    なぜ日本人の給与は上がらないのか。

    経営コンサルタントの倉本圭造さんは「安倍・菅政権時代の経済対策会議に参加していたデービッド・アトキンソン氏の主張が参考になる。

    彼によれば、日本の中小企業は『あまりにも小さいサイズ』に放置されている。

    それが給与が上がらない原因だ」という――。

    (第2回)

写真=iStock.com/NatanaelGinting
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/NatanaelGinting
■具体的な経済政策に欠けている岸田政権

「経済」の話をする時に難しいのは、「経済」の話だと、一企業内部の話をしている時以上に簡単に「敵側のあいつらが全部悪い」という話にしてしまいやすいことです。

    特に、「市場」を絶対的な神としてありとあらゆる抵抗勢力を斬り伏せてしまおうとしたり、逆に「市場」という仕組み自体を全て拒否してしまおうとしたりする「二つの極論」に簡単に吸い寄せられてしまうのが難しいところです。

    

2021年10月に就任した岸田文雄首相は、「小泉政権時代以降の新自由主義(≒市場原理主義)を転換する」と表明し、日本は「新しい資本主義」の道を進むべきだと提唱しています。

    その路線は、平成時代に吹き荒れた「○○をぶっ壊す!」型のビジョンとは違って曖昧で分かりづらいと批判されがちですし、実際岸田政権も特に具体的な「コレ」といった政策を打ち出せてはいないようです。

    

ただ、その「ど真ん中」の道をなんとか具体化しなくてはいけない状況にあるのは確かです。

    そして「二つの極論」に引っ張られず、曖昧で分かりづらい「大上段の理想論」の中身を詰めていくためには、何か「とっかかり」となるような共有イメージが必要です。

    

この「とっかかり」となる共有イメージを説明するにあたって、私は普段の言論活動において色々と工夫をしてきたのですが、実際に日本政府の政策決定に影響を与えている2人の論客の名前を出して、その間の「違い」を説明するのが一番伝わりやすいと感じています。

    本書でもその「2人の論客」氏にご登場いただきましょう。

    

■日本の経済政策に影響を与えている2人の論客

それは、安倍・菅政権時代の経済対策会議の同じメンバーであった竹中平蔵氏とデービッド・アトキンソン氏です。

    この二人は一緒くたに「市場を絶対神とし、市場原理のためなら全てを破壊する」側の人間だと一般的には思われていて、「反市場」的な日本のネット論壇やSNSでの議論では、どちらも諸悪の根源の如く嫌われています。

    

しかし、私や私のクライアントの中小企業経営者などの間で一致した意見として、この両者には「かなり大きな違い」があります。

    2人とも「全てを市場に任せて社会を破壊する悪」だと思われているが、実は両者には大きな違いがある……。

    この「違い」を説明することで、「2つの極論」の間にある、曖昧だが大事な理想の「具体的な中身」を詰めていくことができるはずです。

    

そして、岸田政権が掲げる「新しい資本主義」という漠然とした理想論の「中身を詰める」ために私が考えているのは、「竹中平蔵路線ではなくデービッド・アトキンソン路線を選び、さらにそれをアトキンソン氏が考えているよりも100倍丁寧にやる」という方向性です。

    

どういうことでしょうか? 具体的に見ていきましょう。

    

■「右」からも「左」からも批判されていた竹中平蔵

竹中平蔵氏は、まさに日本における市場原理主義(いわゆる“ネオリベ”)の象徴的存在です。

    「ネオリベ」とは、「ネオ・リベラリズム(新自由主義)」の略で、非常に単純化して言えば、過去20~30年の間共産主義諸国の消滅とともに世界中を覆った「とにかく市場に全部任せればいい」型の経済運営の発想のことです。

    

写真=iStock.com/metamorworks
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/metamorworks

もともと世界史的に見れば、共産主義が終わる1980年代末以降に、アメリカではレーガン大統領、イギリスではサッチャー首相、ドイツではシュレーダー首相といったリーダーが現れて、非常に「市場原理主義」的な改革を行った一連の流れを指します。

    そして、日本における「ネオリベ路線」の代表的政権だった小泉政権時代に活躍したのが竹中平蔵氏です。

    

小泉政権が終わってその直接的な影響力を失った以降も、徹底した「市場原理主義」的な主張を常に展開しては、いわゆる「左」の人からもいわゆる「右」の人からも批判され、過去20年間の日本経済の不調の“戦犯”のような扱いを受けています。

    実際の竹中平蔵氏本人がどうなのかはともあれ、日本の「政治」関係のネット論壇においては、この「偶像としての竹中平蔵」ほど嫌われている存在はいないと言っていいほどだと思います。

    

■世界的な金融会社で活躍し、日本学を学んでいたアトキンソン氏

一方、デービッド・アトキンソン氏は、アメリカの金融会社ゴールドマン・サックスの役員を務めていたイギリス人で、今は小西美術工藝社という日本の伝統建築の修繕と補修をする会社の社長をしています。

    

なんだか経歴の前半と後半が別世界すぎる感じがしますが、もともとはオックスフォード大学で日本学を専攻していて、裏千家の茶道をかなり本格的にやっているような人で、たまたま別荘のお隣さんだった小西美術工藝社の前社長と個人的に知り合って依頼されて今に至るそうです。

    

小西美術工藝社の経営を引き取ってからは、ドンブリ勘定だった経営を適正化して原資を作り、4割が非正規雇用だった職人を正社員化。

    技能継承のための若い人も雇い、中国産の漆を国産の漆に切り替えるなどの改革を行ったことで知られています。

    政界との結びつきも強く、先の政府の経済対策会議のメンバーに選ばれるほか、第二次安倍政権時代から続く日本の「インバウンド重視」政策には、彼の主張の影響がかなりあると言われています。

    

アトキンソン氏はいわゆる「アングロサクソン」のイギリス白人であり、アメリカ型グローバル資本主義を牛耳る伏魔殿のように一部の陰謀論者から思われているゴールドマン・サックス出身でもあるためか、竹中氏以上に「イメージが悪い」ところはあります。

    

特に岸田政権になってからは、「新自由主義的経済」への批判の矛先が、竹中氏よりもアトキンソン氏に向くことが増えてきています。

    

■竹中氏とアトキンソン氏の決定的な違いはどこにあるか

ここで大事なのは、竹中平蔵氏本人が必ずしも「血も涙もないクズの政商」というわけではないように、デービッド・アトキンソン氏本人も「清廉潔白で無謬(むびゅう)の政策提唱者」ではないことです。

    それを大前提としつつ、「彼らが実際には何を言っているのか」「竹中路線とアトキンソン路線の違いは何か」を見ていきます。

    

写真=iStock.com/marchmeena29
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/marchmeena29

アトキンソン氏はSNSや一部論壇では「中小企業をつぶして、大企業を利する政策ばかり進めようとしている」と批判されていますが、実際にはそこまで雑な話はしていません。

    また、「とにかく規制を撤廃して徹底的に競争させればいいのだ」という原理主義化した竹中平蔵型市場主義とも、随分違うことを言っています。

    

では「竹中平蔵路線」と「デービッド・アトキンソン路線」の最大の違いは何か。

    それは、「市場原理主義が自己目的化」しているか否か、という点です。

    

ここ20年、とにかく「競争が足りていないから競争して叩き合いをさせさえすればうまくいくのだ」という「宗教の教義」のようなものが世界中でまかり通り、ありとあらゆる規制を撤廃し、もっと徹底的に競争させること自体が「善」であるというような議論が、人類社会全体を席巻していました。

    

つまり、「結果」として経済がうまくいくことを目指しているのではなく、「何らかの規制などに守られて競争が抑制されていること自体が原理主義的に悪」だと考えられていました。

    とにかく徹底的に市場で叩き合いをさせさえすれば経済が上向くのだという「神話」こそが、「血も涙もない市場原理主義(ネオリベ)」を突き動かしていたと言えるでしょう。

    

■アトキンソン氏は「中小企業潰し」を狙っているのか

その波は日本にもやって来ました。

    「偶像」としての竹中氏は、まさにそういう「血も涙もない市場主義」の代表的人物だと思われてきましたし、本人もその役割を心得たような発言を繰り返してきた側面があります。

    

「日本の民間企業には競争が足りない」「雇用を流動化させ、市場原理を徹底すれば、ダメな企業は自然に淘汰される」「労働者も生産性が低い。

    これは競争原理がうまく働いていないからだ」……これらが竹中氏の発言だとしても違和感はないでしょう。

    

しかしその結果、日本経済はどうなったでしょうか。

    例えば運送業などの「下請け構造」的に産業を支えている分野で徹底的に競争させた結果として、末端の労働者が果てしなく買い叩かれ、どんどん過大な要求を押し付けられ、酷い労働環境と慢性的な低賃金が定着してしまっている。

    そんな風景が日本中に蔓延しています。

    

「とにかく競争して叩き合いをさせればいい」という竹中平蔵型の市場原理主義に対して、「アトキンソン路線」というのはどういう方向性なのでしょうか? アトキンソン氏に対する批判で最も苛烈なものは「中小企業潰しを企図している」といったものです。

    確かにアトキンソン氏は、「ある種の中小企業は統廃合した方がいい」と言ってはいますが、丁寧に見ていくと「反アトキンソン派」が蛇蝎のごとく氏を嫌うような論調ではありません。

    

■日本企業のサイズは急激に小さくなっている

実際のアトキンソン氏の主張によると、日本の中小企業が「あまりにも小さいサイズ」に放置されているのは、人工的な政策の結果だ、といいます。

    アトキンソン氏の著書、『日本企業の勝算―人材確保×生産性×企業成長』(東洋経済新報社)によれば、日本における「一社当たりの平均従業員数」は、1964年を境に“劇的”に減っています。

    つまり「企業のサイズ」が急激に小さくなっていることになる。

    

写真=iStock.com/takasuu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu

1964年に何があったかというと、OECD(経済協力開発機構)に加盟するに当たってその前年に「中小企業基本法」が制定され、「会社を大きくするよりも小さいままにしておいた方がトク」な制度をアレコレ導入し、それが今も残っている、というのがアトキンソン氏の主張です。

    

アトキンソン氏のこの本には、各国の経済分析から、それぞれの国の「企業規模の構成比率」と「労働生産性」はかなり比例関係があるという研究が紹介されています。

    ざっくり言えば、

・「中小企業を増やすと雇用数が増えるが、平均賃金が下がる」
・「中小企業を統合すると雇用数は減るかもしれないが、平均賃金を上げられる」

という効果がそれぞれあるため、高度成長期には「中小企業を増やす」政策にも意味があったものの、今のように少子高齢化で労働人口の激減が大問題である時には、「統合」していくことの意味の方が大きいということです。

    

■半端な中小企業が放置されることで平均給与があがらなくなっている

普通にしていれば企業は大きく成長し、伸び悩む会社を統合して大きくなっていきます。

    アメリカなどは業績がイマイチの中小企業を野心的な会社がバンバン買収して大きくしていくので、規模が大きい会社が多くなり、結果として平均賃金も高くなる。

    しかし文化的・制度的にそうならない国も少なくありません。

    

アトキンソン氏の本では「企業規模が小さいまま放置されている」国の例として「スペイン(S)」「イタリア(I)」「韓国(K)」「イギリス(I)」「ニュージーランド(N)」「ギリシャ(G)」を合わせた「SINKING(沈みゆく国家)」という分類が提案されています。

    

財閥で有名な韓国も含まれるのに違和感があるかもしれませんが、韓国も限られた「財閥」以外の会社は、むしろ日本以上に小さいまま放置されていて(韓国ドラマでよくある「もうチキン屋をやるしかない」といった感じかもしれません)、最近は生産性向上の頭打ちが課題になってきているそうです。

    

アトキンソン氏はそれら「SINKING」国家にはそれぞれ企業規模を小さく保った方がトクになる」様々な制度がある、と分析しています。

    この制度を徐々に減らしていくことで、「中小企業の統合を後押し」することが、日本人の給料を平均的に大きく上げていくために大事なことなのだ、というのが、アトキンソン氏の主張の骨子なのです。

    

写真=iStock.com/alexsl
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/alexsl
■「零細企業」と「中堅企業」では大きく違う

このアトキンソン氏の見解については様々な批判があります。

    

その代表的なものは、人口比で日本の中小企業の数がそれほど多いわけではない、というものです。

    もともとアトキンソン氏自身が「竹中平蔵的ネオリベ路線」と一緒くたにされて批判されがちなこともあって、この「アトキンソンの分析は間違っている」という指摘も一部で強く出回っていますが、それは「中小」のくくりが大ざっぱすぎるからであって、方向性自体が間違っているわけではありません。

    

例えば「350人以下の企業」を中小企業の定義として見たとき、日本の中小企業の数はそれほど多いわけではありません。

    しかし、10人の零細企業と350人の中堅企業では、同じ中小企業といっても事情は全く異なります。

    ここで大事なのは「零細企業」と「中堅企業」との間の違いの部分です。

    

アトキンソン氏の分析の中で最も意味があると思うのは、図表1のようなものです。

    「20人以下の企業で働く労働者の割合」とその国の労働生産性を並べた分析で、非常にキレイに比例関係になっています。

    

出所=『日本人のための議論と対話の教科書』より

本の中では何気なく提示されているデータですが、単に出来合いの統計をつまり、「中小企業を統合する」と言うと「付いていけないやつは死ね」と言わんばかりの「血も涙もない市場原理主義」政策に見えてしまい、それに対する批判が飛んできます。

    

■ブラック企業を潰して“マトモな労働環境”を用意すべき

しかし実際のアトキンソン氏の提案は、「『ブラック企業』を温存して、その下で働く人に死ぬ思いをさせ続けるのをやめて、ある程度拡大余地のある経営主体に統合していくことで、できるだけ多くの人に“マトモな労働環境”を用意できるようにする」という、非常に「共助」的な発想から出ているものだということが分かります。

    

つまり、「会社を守って個人を虐げる」のをやめて「会社を無理に守るのをやめて個人を助ける」政策こそが、この「中小企業統合推進」政策だということになるのです。

    

ここまでの説明を聞けば「アトキンソン氏の主張」が「とにかく規制を撤廃して競争させればいいのだ」というような「とにかく競争して叩き合いをさせることが自己目的化した市場原理主義」とは随分違うことが理解できるかと思います。

    

■ヤバいブラック企業は日本中にごろごろある

私は主に中小企業のクライアントを持つ経営コンサルタントが本業ですが、マッキンゼーというアメリカのコンサル会社で欧州の国際的大企業や日本政府や日本の大企業のクライアントを担当したことがあり、さらに今の仕事をする前に「あらゆる日本社会の側面を体験しなきゃ」ということで、いわゆる色々な「ブラック企業」に潜入して働いていたこともありました。

    

写真=iStock.com/kazuma seki
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kazuma seki

だから「どちらの視点」も体感として分かるのですが、若い頃に実際に入社した「様々なブラック企業」の実体験から言うと、日本には結構な割合で、「かなりヤバい中小企業」が存在しています。

    どう「ヤバい」か。

    

・「労働基準法ギリギリどころか普通に超えるほど、メチャクチャ長時間働かせて給料が手取り月15万円」
・「パワハラ・セクハラ・その他の圧力は当たり前」
・「社員のほとんどに昇給の見込みはないが、社長とその一族はそこそこの暮らしをしている」

実際、こうした会社は日本中にごろごろあります。

    

しかもこういう会社はスラム街的な地域ではなく、都会のキレイなビルに入居していて、リクルート社の求人雑誌にも普通に載っていたりします。

    しかしこういう会社群のことは、「経済について本を読んでネットで議論する」ような層はそもそも日常生活で触れることが少ないので見過ごしがちです。

    

■「雇用が失われる!」という批判は的外れ

つまり、「中小企業の再編が必要だ」というアトキンソン氏の発言に脊髄反射的に「日本の中小企業の貴重な技術が外資に買われるぞ!」と言って反対するような人たちは、こういう「中小企業のリアリティ」を体感したことがなく、ある種の「イデオロギー的思い込み」だけで反対しているところがあります。

    

また「再編なんてしたら、雇用が失われるんじゃないか?」という反発もあります。

    しかしそもそも少子高齢化で労働人口が激減する中、あまり移民も入れたくない国民性であるという状況の日本においては、心配する方向が間違っている。

    

そもそも、各種データを見ればどの統計でも日本の“企業数”は毎年かなり減り続けている一方、就業者数はむしろ伸びており、完全失業率に至っては世界がうらやむ3%以下に張り付いている。

    そのことを考えると、「中小企業を統合すると雇用が」といった恐怖心は、杞憂にすぎないと言えます。

    

■重要なのは「高給を出せる働き口」をいかに作れるか

要するに、今の日本は「高給を出せる働き口」をいかに作れるかが大事で、「最低賃金をちょっと上げたらすぐ潰れちゃいます」みたいな会社がいくらあってもダメだ、ということです。

    

倉本圭造『日本人のための議論と対話の教科書』(ワニブックスPLUS新書)

アトキンソン氏が「アメリカの巨大IT企業のように日本の全ての会社が運営できなければダメだ、というのは極論すぎる」と指摘しているように、社会の八割以上を占める「普通の会社」において「マトモな給料を出せるようにする」ために重要なのは、世界を制覇する革新的なベンチャー企業を作るような超人的な能力ではありません。

    

そうではなく、「普通に必要な変化を取り込み続ける優秀さ」が社会の隅々まで普及している必要がある。

    そしてそういう「普通の優秀さ」が社会に満ちていれば、彼らを政府が政策的に過剰に守る必要もなくなって、「アメリカ型創造的破壊ベンチャー」を社会が許容できる余力も増してくる好循環も生まれるでしょう。

    

----------
倉本 圭造(くらもと・けいぞう)
経営コンサルタント
1978年生まれ。

    神戸市出身。

    兵庫県立神戸高校、京都大学経済学部卒業後、マッキンゼーに入社。

    「グローバリズム的思考法」と「日本社会の現実」との大きな矛盾に直面し、両者をシナジーする一貫した新しい戦略の探求を開始。

    社会のリアルを体験するため、ホストクラブやカルト宗教団体等にまで潜入するフィールドワークを実行後、船井総研を経て独立。

    著書に『日本人のための議論と対話の教科書』(ワニブックスPLUS新書)、『「みんなで豊かになる社会」はどうすれば実現するのか?』(amazon Kindleダイレクト・パブリッシング)など多数。

    
----------

(経営コンサルタント 倉本 圭造)

猜你喜欢

最新评论


网站分类
标签列表

最新评论